第9話「リストの謎」
イブリースの死が伝えられる少し前、ティアは管理局長室で一人の少年と面会していた。部屋の中央に設置された机を挟むように、二台のソファーが置かれている。ティアは左側のソファーに腰掛けると、少年に反対側のソファーに座るよう勧めた。
「それで、何か記憶は戻ったのか?」
「いや、残念ながら」
ティアの質問に、向かいのソファーに座ったダンが答える。
「そうか。まぁ、焦る事はない。まだ三日しか経っていないのだからな。ゆっくりとコルムを見ていくといい。そのうち、何かしら思い出すかもしれない」
ティアがそう言って、一口お茶をすする。だが、ダンはその言葉に首を横に振った。
「いや、もういい。俺がここに来たのは、そんなことのためじゃない」
その答えに、ティアは一つ首をかしげた。
「どういう意味だ? タライムの話と違うが」
「事情が変わった。俺がここに来たのは、あの真紅の騎士について話を聞くためだ」
「なるほど。だが、真紅の騎士については私達も調査中なんだ。残念ながら、まだ大した情報は掴めていない」
「そうか。だが、「リスト」について全く知らないわけではないだろう?」
その言葉に、お茶をすすっていたティアの手が止まる。ダンはなおも言葉を続けた。
「一年前に行方不明になったレバンという男と、今回ターゲットにされたタライムという男。知人ではあるが、他には何のつながりもない。コルム大陸管理局長とただの行商人。妙な組み合わせだな?」
「……何が言いたい?」
「さらに言えば、レバンが被害にあってから一年もの期間、真紅の騎士は動かなかった。それは何故だ?」
「そんな事を私が知るわけ……!」
「少し考えてみろ。あんたは冷静さを欠いているようだな」
「っ……!」
確かに、レバンの死をほぼ確信してから、管理局長就任の準備に追われ、ティアは落ち着く暇もなかった。今回の一連の事件について、じっくり考えた事も、当然ない。
「……確かに、冷静さを欠いていたかもしれない。だが、情報が少なすぎる。奴の目的すらわからないのに、一体何が出来る?」
「俺はこう考えた。奴は「リスト」に従ってターゲットを決定している、と言っていたそうだな。だが、もし初めから「リスト」を持っていれば、一年間の空白の時間の説明がつかない。一年間も待つ必要はどこにもないからだ。とすれば……」
「その一年間の間に「リスト」を作成した、と?」
「俺はそう考える」
ダンの考えには、確かに一理あった。だが、あくまで憶測に過ぎない。憶測に基づいて行動するのは危険すぎる、とティアは常々考えていた。
「だが、我々には予測出来ないような理由があったのかもしれない。真紅の騎士についてほとんどわかっていない以上、そう言い切れる証拠はないだろう」
「確たる証拠はない。だが、奴が最初にレバンを襲ったところに、俺の考えの根拠はある」
「どういう意味だ?」
「ようするに、「リスト」を作るのに必要なのは、情報だという事だ。コルム大陸についての情報が一番集まるのはここだ。奴はここの情報が欲しかった」
「だが、奴はレバンを始末したと。レバンを始末してしまっては、情報は得られない」
「レバン一人の知っている情報など、たかが知れている。奴が欲しているのは、もっと膨大な量の情報だろう」
「……まさか……」
そこで、ティアにもようやくダンの言わんとしている事がわかってきた。
「管理局内部に、奴に情報を流している者がいる、と?」
「恐らくな。タライムの居場所を正確に把握していた事からも、そうではないかと推測される。だが、情報を得るにはレバンの存在が邪魔だった。だから、まず、最初にレバンをターゲットにしたのだろう」
レバンが行方不明になってから、管理局はしばらく機能が麻痺していた。しかも、機能が回復した後も、ティア一人では無理があるだろうと、本来、管理局長が持つべき権限を数人が分散して担当していたのだ。
「恐らく、情報系の部門を扱う者の中にいるはずだ」
「……わかった。極秘で調査を進めておこう」
「だが、俺が聞きたいのはここからだ」
そう言うと、ダンは一層鋭い目つきでティアを見据えた。
「奴が一年かけて作った「リスト」に誰が含まれているのか。あんたはある程度予測できるんじゃないのか? ちなみに、俺は含まれていない」
「まぁ、ある程度はな……」
レバンとタライムをつなげるのは、その一点しかない。だからこそ、ティアはアルサルとエミリアに真紅の騎士の調査を依頼したのだ。
「なら、次のターゲットが予測可能かもしれない」
「何!?」
その言葉に、ティアは思わず声をあげた。
「何故そう思う!?」
「これはあくまで推測だが、タライムが最初に狙われたのには、何か意味があるんじゃないか?」
「意味?」
「俺はタライムの事をよく知らない。だが、一年もかけて作り上げた「リスト」に順番がないとは思えないんだ。どのような順番で殺すのが良いのか。合理性か、あるいは優先順位か。何かしらの要素をもとに順番を決めているような気がする。その要素が何か、あんたならわかるかもしれないと思ってな」
「要素……」
ティアがそう呟きながら首を捻る。リストにあげられていると思われる者の中で、タライムにだけ、あるいはタライムが多く持つ要素は何か。
そうして、しばらく考え込んだ後、ティアはおもむろに机の上にある呼び鈴を鳴らした。呼び鈴を聞きつけ、一人の職員が管理局長室にやって来る。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。実は、イブリースに連絡をとって欲しいんだが……」
ティアが職員にそう頼もうとしたその時、別の職員がひどく慌てた様子で管理局長室に入ってきた。
「局長!」
「どうした!?」
職員の様子からただ事ではないと察知したティアが、思わずソファーから立ち上がる。その職員は、青ざめた顔のままティアに報告した。
「考古学学会名誉博士のイブリース氏が、遺跡の調査中に何者かに殺害された、と……」
石造りの、どこか冷たい雰囲気のある部屋の中に、一人の男の声が響いた。
「始末したのか?」
少し、しわがれたような声が、壁に反射して何重にもこだまする。薄暗い部屋には窓一つなく、壁にかけられた一つのランプが、二人の男の影を映し出している。
「ああ。タライムの方はまだ死んでいないらしいが」
先程とは別の声が答える。最初の声とは対照的に、ハリのある若々しい声だ。
「何故、トドメをさしにいかぬ?」
「管理局により厳重に護衛されている。トドメをさしに行ってもいいが、少々面倒な事になるぞ?」
「ふん……」
しわがれた声の方が、そう言って鼻を鳴らす。
「まぁよい。あの二人が共にいるのがやっかいなのだ。片方だけなら、すぐには気付かれまいよ。管理局の愚か者達よ、今に見ておれ。今にな……クク……ククク……」
先程まで不満そうだったその声も、今や満足そうな声色へと変貌している。その様子に、若々しい声の方は、深く、そして短いため息をついた。
第9話 終